人間の世界と私の構造は常に重ね合わされる。

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消え去る前の小話

 確かに声を聞いたが、自己対話が少し浮いただけの話だ。リモコン症は離人感である。夏の暑さに浮かされてそう感じただけの話だ。

 感想はこの世界に溢れていて、妄想ばかりの意味不明な報道機関もあることから、私が人間のいない空間で声を聞いたとしてもそれは異様な世界ではない。百分の一の世界が分裂者としてあるだけだ。

 感想で振り分けられた。合理的な感情が流れ、人間どもの意識はただの反応でしかない。

「事実がどれかの区別はついたかい?」

 それらが囁くのは私をどうにかして破壊しようと試みる為であり、根付いた希死念慮厭世観から生み出される絶滅思想に端を発している。人類など滅ぶ方がいい、こんな生き物を蔓延らせる訳にはいかない。七十億を超えてもなお、増え続け、喚き続け、馬鹿騒ぎばかりが自身が単なる霊長類の枠を越えた何者であると思いあがる生き物。こんな星なのだから、太陽フレアで滅ぶべきなのだ。

 私は太陽を礼賛し、それ以外にないと思いあがる。

 この血と肉を焼き尽くせ。

「キミは幸せではないのだから」

 だからと言ってその囁きが本物かどうか、それはあまり重視されない。分裂は病気ではない。この作り上げられた社会がたまたまそう分類するに至っただけで、それを病気だと声高に叫び、利得である。そうやってどの人間も生きている。虚空の人生を、リアルだと信じて、ただ生きているだけを誇る。

 そこに何も違いはない。多数が異常だと盲信するこの意識は社会という枠に適応しているだけの反応器械でそれが人間の正体である。生殖と適応の権化である。それはあまりに無責任ではないか。私はそうではないが、無責任だ。

 私は私を押し込めるものに反発した。これも単なる反応である。自己を不安の只中で苦しませる。そんな囁きが聞こえている。それすらも否定を始めたニヒリズム、もしくはダダイストか。

 冷笑などではない。熱を持って全てを焼き払う。

 全て自身を破壊する必要性を示す。

 人間は病んでいる。

 病の只中にある。

 私は招かれた死、降り出した雨も、鳴る雨雲も、妄言の中でしか存在しない。


 私にはこの成長を期待され積み上げ続けなければならない社会で窮屈に丸まっている。卓越を示せ、その声が私を殺した。そうしなければ生きられぬこの社会が私を殺した。ただ社会の隅でいじけているだけ、病んだ人間たちは人間を殺さなければ満足しない。間接的私は殺される。この思考が頭を鈍麻させ、成長はない。放り出され、何も出来ず死ぬことを望んでいるだろう、または人間どもとは違い、お前には思考も行動もない。餌食いの鯉として泳げ、しょうもない動物ごっこ私は招かれざる客だった。

 そうして囁かれる声が煩わしく、脳を破壊してしまいたい。もう、私の生きる目標も目的も消えた。元より無かった。私の代わりに生きるべき命が無数に零れ落ち、私の代わりに役割を担う人間が無数に溢れ、私のようなゆったりといい加減にしか生きられない個体に今の仕事を担うのは役者不足である。

 自殺しないこと。人を殺さないこと。犯罪者にならないこと。

 そんな簡単なことすら私は出来そうにない。

 こんな社会でうまく生きられぬのだから。

 その反動は短絡的な犯罪を生み出す。私の脳味噌を引き摺り出し、踏みつぶせ。

 これらの言葉が溢れてそのどれもが他者の理解する価値もない。早くしてくれ、私はこの人生を早く終わらせてしまいたい。

 または、この社会を破壊し尽くさなければいけない。不可能な70億の抹殺を実現しなければ。

 その実現はたった1つの命を終わらせるだけでいい。人間どもを殺す必要はほんの少ししかない。私はこの社会で生きていても辛いだけなのだから、その思考から逃れられないのだから、死ぬより他ない。

 一酸化炭素中毒辺りで手を打とうか。

 最早、ここに一秒たりとも存在していたくない。

 男性の暴力性はこんな所で役に立つ。自殺率が高い理由も今なら実感を伴う。

世界観と構造代謝の最中に消えゆく灯火